大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和60年(行ウ)173号 判決

原告

髙木良治

右訴訟代理人弁護士

花輪達也

被告

日本道路公団

右代表者総裁

宮繁護

右訴訟代理人弁護士

井関浩

主文

一  原告の主位的請求に係る訴えを却下する。

二  原告の予備的請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(主位的請求)

1 被告は、原告に対し、金一億五六一六万九八六五円及びこれに対する昭和六〇年一一月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

(予備的請求)

1 被告が起業者として施行する高速自動車国道東関東自動車道新設工事(大栄インターチェンジ・佐原インターチェンジ間)及びこれに伴う附帯工事に係る土地収用事件について、千葉県収用委員会が別紙物件目録(一)ないし(三)の各2の土地について昭和六〇年八月二二日にした裁決(昭和五九年千収裁第五号)中、原告に対する土地についての損失補償金が金四二八二万〇一三五円とあるのを金一億九八九九万円と変更する。

2 被告は、原告に対し、金一億五六一六万九八六五円及びこれに対する昭和六〇年一一月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

4 第2項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告が起業者として施行する高速自動車国道東関東自動車道新設工事(大栄インターチェンジ・佐原インターチェンジ間)及びこれに伴う附帯工事に係る土地収用事件について、千葉県収用委員会は、昭和六〇年八月二二日付けで、原告の所有する別紙物件目録(一)ないし(三)の各2の土地(以下「本件収用土地」という。)について、原告に対する土地についての損失補償金を四二八二万〇一三五円(以下「本件補償金」という。)としてこれを収用する旨の裁決(昭和五九年千収裁第五号。以下「本件裁決」という。)をした。

2  しかしながら、次のとおり、原告に対する土地についての損失補償金は一億九八九九万円が相当である。

(一) 原告は、本件収用土地の収用により原告の所有する別紙物件目録(一)ないし(三)の各1の土地(以下「本件残地」といい、本件収用土地と併せて「本件土地」という。なお、本件土地のうち特定の土地を表示する場合には「一一七一番一の土地」というように地番のみをもって表示することがある。)が公道から遮断され、畑としての利用が著しく困難となるから、本件残地も収用すべきである。

(二) 本件土地の実測面積は六〇三〇平方メートル(小数点以下切捨て)である。また、被告が国道五一号線に隣接する土地を一平方メートル当たり二万四〇〇〇円で買収した当時、本件土地の近傍に所在する土地を一平方メートル当たり一万六〇〇〇円と評価していたのであるが、右の国道五一号線に隣接する土地の価格は現在では一平方メートル当たり五万円以上であるから、本件土地の一平方メートル当たりの価格は三万三〇〇〇円が相当である。したがって、本件土地全体の価格は一億九八九九万円となる。

なお、本件裁決は、土地調書添付の実測平面図(以下「本件図面」という。)に基づき本件収用土地の面積を確定している。しかしながら、本件図面は、図面を作成するのに必要な測量を行わず、専ら国土調査の結果得られた数値に基づいて作成されたもので地籍図と同様のものであるから、起業者が実測した図面ではなく、土地収用法三七条が土地調書に添付することを義務付けている実測平面図とはなり得ないものであり、また、本件土地に隣接する道路(以下「本件道路」という。)の管理者の立会を欠くという手続上の瑕疵があるものであるのみならず、その内容も真実に反するものである。したがって、本件裁決はこの点において違法というべきである。

(三) 本件土地については、原告と向後榮、田中義一及び高木康治との間で賃借権について争いがあったから、土地収用法六九条本文の個別主義を適用すべきではなく、同条但書の代位主義によるべきである。

よって、原告は、被告に対して、主位的に、一億九八九九万円と本件補償金との差額である一億五六一六万九八六五円及びこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和六〇年一一月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、予備的に、本件裁決のうち原告に対する土地についての損失補償金が四二八二万〇一三五円とあるのを一億九八九九万円と変更し、その差額である一億五六一六万九八六五円及びこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和六〇年一一月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2の冒頭の主張は争う。

(二)  同2(一)のうち、原告が本件残地を所有していることは認めるが、その余は争う。残地収用を認めるか否かということは、本件訴訟の審理の対象とはなり得ない。

なお、本件残地は、いずれも原告の所有に属し、その面積及び形状を考慮すると、充分に耕作することができるのであるから、土地収用法七六条一項の「残地を従来利用していた目的に供することが著しく困難となるとき」に該当せず、本件残地を収用しなかったことに違法はない。

(三)  同2(二)のうち、被告が国道五一号線に隣接する土地を一平方メートル当たり二万四〇〇〇円で買収したことがあること、被告が本件土地の近傍に所在する土地を一平方メートル当たり一万六〇〇〇円と評価したことがあること及び本件裁決が本件図面に基づき本件収用土地の面積を確定していることは認めるが、その余の事実は否認し、主張は争う。

(本件収用土地の面積について)

被告は、昭和六〇年二月一三日に実施した土地収用法三五条による立入調査に基づいて作成された本件図面によって、別紙物件目録(一)2の土地の面積を1560.49平方メートル、同(二)2の土地の面積を1238.2平方メートル、同(三)2の土地の面積を1214.18平方メートルと積算した。右立入調査は、原告の外本件土地の耕作権者である向後榮ら、隣接土地の所有者である平野武夫ら及び本件土地に隣接する道路の管理者である千葉県の吏員小川貴義らが立ち会って行われ、昭和四八年に実施された国土調査法に基づく調査(以下「本件国土調査」という。)に際して設置された境界杭のうち残存していたものを基準として、右調査の際に作成され登記所に公図として保存されている地籍図(以下「本件地籍図」という。)によって想定される境界点に仮杭を打ち込んで測量を行い、本件図面が作成されたのである。そして、同月一五日土地調書の作成について立会を求められた原告は、右調書の記載について異議を述べなかったが、立会人としての署名捺印を拒否したため、被告は、大栄町建設課長の立会、署名捺印を求めて右調書を作成した。

(本件収用土地の評価について)

被告は、政府の「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」(昭和三七年六月閣議決定)に準じて策定された「日本道路公団の行なう土地取得に伴う損失補償の基準を定める規程」及び「日本道路公団の行なう用地取得に伴う損失補償基準を定める規程の処理要領」に基づき、分筆前の一一七一番一の土地を基準地として取引事例比較法による評価をするとともに、株式会社三和不動産鑑定事務所外二社の不動産鑑定士の鑑定の結果を参酌し、本件収用土地の一平方メートル当たりの評価額を一万四三〇〇円としたものであって、右評価は適正である。

(四)  同2(三)のうち、原告と向後榮、田中義一及び高木康治との間で賃借権について争いがあったことは認めるが、その余は争う。原告が向後榮らの賃借権を争うのであれば、賃借権が存在しないとして補償額を請求すればよいのであって、個別主義適用の誤りを持ち出す必要はない。

被告は、本件土地の現状を調査し、分筆前の一一七一番一の土地及び同番二の土地の一部を向後榮が、同番二の土地の残部を高木康治が、同番三の土地を田中義一が長年にわたり耕作していること、原告との間で賃貸借契約について紛争があったため向後榮及び田中義一は地代を供託していること、原告は千葉県知事に対し向後榮及び田中義一に対する農地の賃貸借契約解除の許可申請をしたが、右許可申請は却下されていることが判明したので、向後榮及び田中義一を右耕作地の賃借権者と判断し、高木康治については、原告の甥という身分関係があって、地代を支払っていないことから、使用借権者と判断し、それぞれ補償の対象として裁決の申請をしたところ、収用委員会は、高木康治については右耕作地の使用権限について農業委員会の許可を得ていないから、占有権限がないとして補償の対象者と認めなかったが、向後榮及び田中義一については賃借権者であると認定した。そして、被告の職員が調査したところ、本件土地の所在する地方における離作料は土地価格の三割とされている事例が多く、不動産鑑定士の意見も同様であったので、賃借権の補償額を土地価格の三割と客観的に評価することができるものである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一まず、本件訴えの適法性について検討する。

行政処分たる収用委員会の裁決は、特定の土地等を収用することを決定すると同時に、その特定の土地等を収用することの補償として一定の金額を支払うべきことをも決定するものであるから、起業者が土地所有者等に支払うべき損失補償の額についても公定力を有するものというべきである。したがって、損失補償の額に不服があるとしてこれを争う者は、公定力を排除するために、裁決のうちの損失補償の額に関する部分の変更を求めなければならないのであり、これを求めることなく金銭の給付のみを求める訴えるは、土地収用法一三三条一項の予定する訴訟形式によらない訴えとして不適法であると解すべきである。よって、主位的請求に係る訴えは不適法である。

二そこで、予備的請求について検討する。

1  請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

2  原告は、本件残地も収用すべき旨を主張するので、まずこの点について検討するに、土地収用法一三三条一項所定の損失の補償に関する訴えは、裁決によって定められた収用の目的物を前提として、それに対する損失補償の額の適否を審査の対象とするものと解すべきであるから、残地を収用すべきか否かということは、右訴えの審理の対象とはなり得ないものというべきである。

また、この点は措くとしても、本件残地を原告が所有していることについては当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、①本件裁決以前、本件残地のうち一一七一番一の土地及び同番二の土地の一部は向後榮が、同番二の土地の残りの部分は高木康治が、同番三の土地は田中義一がそれぞれ耕作していたこと、②本件残地は帯状であり、その面積は、後記のとおり、一一七一番一の土地が534.42平方メートル、同番二の土地が596.34平方メートル、同番三の土地が796.03平方メートルであって、いずれも耕作の用に供することができること、③本件収用土地の収用により高木康治が耕作していた土地は袋地になるが、一一七一番三の土地に通路を新設すれば道路に通じること、以上の事実が認められるのであって、右認定の事実によれば、本件収用土地の収用により本件残地を従来利用していた目的に供することが著しく困難になるということは到底できないから、本件残地を収用する必要はないものというべきである。

したがって、本件訴えにおいては、本件裁決における本件収用土地についての損失補償額が相当であるか否かを審理すべきであり、また、それで足りるものというべきである。

3(一)  次に、原告は、本件土地の実測面積は六〇三〇平方メートルであると主張するところ、右に述べたとおり、本件訴えにおいては、本件裁決における本件収用土地についての損失補償額が相当であるか否かを審理すべきであるから、本件土地の実測面積は、本件訴えにおいては直接意味を持たないものというべきである。

(二)  もっとも、原告の主張は、本件裁決における本件収用土地の面積の認定を争う趣旨をも含むものと解されないでもないので、以下において、本件収用土地の面積について検討する。

(1) 〈証拠〉によれば、以下の事実が認められる。

ア 本件土地の周辺については、昭和四八年ころ本件国土調査が行われ、その結果作成された本件地籍図が公図として登記所に保存されている。また、本件国土調査の成果により登記簿上の面積が更正され、分筆前の一一七一番一の土地は二〇九四平方メートル、同番二の土地は一八三四平方メートル、一一七一番三の土地は二〇一〇平方メートルとなった(昭和六〇年四月五日に、一一七一番一の土地は同番一及び四の土地に、一一七一番二の土地は同番二及び五の土地に、一一七一番三の土地は同番三及び六の土地にそれぞれ分筆された。)。

イ 被告は、昭和六〇年二月一三日、原告、向後榮、本件土地の隣接地の所有者、本件道路の管理者である千葉県の吏員等の立会のもとに、土地収用法三五条の規定に基づき、本件土地の立入調査を行った。右立入調査の時点では、本件国土調査の際に設置された境界杭は三か所しか残っていなかったため、境界杭がなくなった地点については、被告から測量の依頼を受けた栄向測量設計株式会社の従業員が、巻尺を使って本件地籍図から想定されるおおよその境界点を関係者に示し、関係者の了解を得たうえでその点を起点、測量点として測量機械であるトランシット、赤外線測距器を使用して本件土地の測量を行い、その結果に基づいて本件図面を作成した。なお、原告が右起点、測量点について異議を述べることはなかった。

ウ 被告が昭和六〇年二月一五日に原告に対して本件図面を添付した土地調書への署名押印を求めたところ、原告は、本件図面が違う、再測量を行えなどと言って署名押印することを拒否したが、土地調書に異議を付記することはなかった。

エ 本件図面によって積算される本件土地の面積は、一一七一番一の土地が534.42平方メートル、同番二の土地が596.34平方メートル、同番三の土地が796.03平方メートル、同番四の土地が1560.49平方メートル、同番五の土地が1238.20平方メートル、同番六の土地が1214.18平方メートル(分筆前の一一七一番一の土地が2094.91平方メートル、同番二の土地が1834.54平方メートル、同番三の土地が2010.21平方メートル)となり、登記簿上の面積と極めて近似している。

以上の事実が認められるのであって、右認定の事実によれば、本件図面は、後記の耕作境の点を除いて正確なものということができる。

(2) 原告は、本件図面の内容は真実に反すると主張し、原告本人も、①向後榮が耕作していた土地と高木康治が耕作していた土地との境には小さな立木があり、向後榮もその木が耕作境であることを認めていたから、実測していれば間違う筈がないのに、本件図面では一メートルほどずれていた、②本件土地と本件道路との境界については境界点を確認していない、③本件道路は九尺道路であるのに本件図面は本件道路が二間道路であるという前提で作成された、④本件図面は、原告が昭和五〇年ころ本件国土調査の際に設置された境界杭に従って測量し、作成した図面(〈証拠〉)及び原告が昭和六〇年秋に右図面を訂正して作成した図面(〈証拠〉)と食い違っている、⑤本件土地と本件道路との境界線は直線であるのに、本件図面によれば直線となっていないなどと供述するので、順次検討する。

ア 向後榮の耕作土地と高木康治の耕作土地との境界について

〈証拠〉によれば、被告の立入調査が行われた当時、向後榮の耕作する土地と高木康治の耕作する土地との境界線と本件土地と北側隣接地との境界線との交点には立木が植えられていたこと及び本件図面では右立木から86.6センチメートル北東側に寄った地点を右耕作境としていたことが認められるが、他方、〈証拠〉によれば、高木康治は被告の行った立入調査に立ち会わなかったが、向後榮は右立入調査に立ち会い、同人と高木康治は分筆前の一一七一番二の土地を半分ずつ耕作していると述べたため、被告は右説明に従って本件図面を作成したことが認められるのであって、この事実及び前記(1)で認定した事実に照らすと、前記認定の事実をもって本件図面が全体として真実に反するものであるということはできない。

イ 本件土地と本件道路の境界点の確認について

〈証拠〉によれば、昭和六〇年二月一三日に原告も立ち会った上で本件土地と本件道路との境界付近で、ある点を定めて巻尺で距離を測定していることが認められるところ、この事実によれば、本件土地と本件道路との境界については原告自身が確認していると推認することができるものというべきである。したがって、この点についての原告の前記供述は、信用することができない。

ウ 本件道路の幅員について

〈証拠〉によれば、本件図面は本件道路の幅員が二間であることを前提として作成されたものであることが認められるところ、〈証拠〉によれば、縮尺五〇〇分の一の本件地籍図で本件道路の幅員が六ミリメートル強ないし七ミリメートル強あることが認められるから、本件道路の幅員は少なくとも三メートルを超えていたことは明らかであって、本件道路はいわゆる二間道路であったというべきである。したがって、本件図面が本件道路の幅員について真実に反した記載をしているということはできない。

なお、〈証拠〉によれば、昭和六一年三月二五日に調整された大栄町道路現況平面図では、本件道路の幅員が三メートルと表示されていることが認められるが、右図面がどのような測定方法で作成されたものか明らかではないから、右事実も前記認定を覆すに足りないというべきである。また、〈証拠〉によれば、本件道路と隣地との境界に設置された境界石のところの巻尺の数値が三メートルを示していることが認められるが、右巻尺の起点がどこであるか、その起点をどのようにして求めたかが明らかではないから、右事実も前記認定を覆すに足りないというべきである。そして、前記認定の事実に照らし、本件道路の幅員が九尺ないし三メートルであったとする〈証拠〉も、採用することができない。

エ 原告作成の図面との相違について

〈証拠〉によれば、〈証拠〉の添付図面1は、昭和五〇年春ころ本件国土調査の際に設置された境界杭に従って原告とタクシーの運転手の二人で巻尺で測定した結果に基づいて原告が作成したものであり、〈証拠〉の図面は、原告が昭和六〇年秋ころ右図面に訂正を加えて作成したものであることが認められるところ、右認定の事実から明らかなように、右二枚の図面はいずれも測量については素人である(このことは弁論の全趣旨によって認められる。)原告が作成したものであるから、本件図面が右二枚の図面と相違しているからといって本件図面が真実に反するものであるということは到底できない。

なお、本件図面は〈証拠〉の図面とも相違しているが、弁論の全趣旨によれば、右図面は縮尺が約八〇〇〇分の一とされる空中写真(〈証拠〉)に基づいて作成されたものであることが認められるから、必ずしも正確に現地を復元したものということはできず、本件図面が〈証拠〉の図面と相違しているからといって本件図面が正確なものではないということはできない。

オ 本件土地と本件道路との境界線が直線でないことについて

〈証拠〉によれば、本件図面では本件土地と本件道路との境界線が若干屈折して描かれていることが認められるが、右境界線が全くの直線であることを認めるに足りる証拠はない(〈証拠〉には本件道路はほぼ等しい道幅と認識しているとの記載があるにすぎず、また、〈証拠〉も、右境界線はほぼ直線である旨を証言するにとどまる。)から、右事実が認められるからといって、本件図面が真実に反するということはできない。

(三)  また、原告は、本件図面の作成手続に瑕疵があると主張するが、前記のとおり、本件訴えにおいては、本件裁決における損失補償額の相当性を審理、判断すべきであるから、原告の右主張は、本件訴えにおいては審理の対象となるものではないというべきである。

(四)  以上によれば、本件収用土地の面積は、一一七一番四の土地が1560.49平方メートル、一一七一番五の土地が1238.20平方メートル、一一七一番六の土地が1214.18平方メートルであるというべきであるから、この点についての本件裁決の認定、判断は相当である。

4  また、原告は、本件土地の一平方メートル当たりの価格は三万三〇〇〇円であると主張するので、この点について検討する。

被告が国道五一号線に隣接する土地を一平方メートル当たり二万四〇〇〇円で買収したことがあること及び被告が本件土地の近傍に所在する土地を一平方メートル当たり一万六〇〇〇円と評価したことがあることについては、当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、被告が右買収をしたのは昭和五四年ころであること及び被告が右評価をしたのは昭和五六年ころであることが認められるが、右認定の事実から事業認定の告示の日である昭和六〇年二月六日(この事実は、〈証拠〉によって認められる。)における本件土地の一平方メートル当たりの価格が三万三〇〇〇円であると認めることはできず、他にこれを認めるに足る証拠はない。なお、原告は、昭和五九年ころ、右買収地から約五〇〇メートル離れたところに所在する約二〇〇〇平方メートルの土地が一坪当たり一五万円で売りに出されていると聞いた旨を供述し、〈証拠〉にも同旨の記載があるところ、土地の価格は種々の要因で定まるものであるから、単に近くに所在するからといって、右土地と被告が買収した土地とが、また、本件土地と被告が一万六〇〇〇円と評価した土地とがそれぞれ同じ価格であり、同じ割合で値上がりしているということは到底できないから、仮に、右土地が昭和五九年ころ一坪当たり一五万円で売り出されていたとしても、そのことから本件土地の一平方メートル当たりの価格が昭和六〇年二月六日当時三万三〇〇〇円であったということはできない。

かえって、〈証拠〉によれば、被告は、被告が策定した「日本道路公団の行なう用地取得に伴う損失補償の基準を定める規程」及び「日本道路公団の行なう用地取得に伴う損失補償の基準を定める規程の処理要領」に基づき、分筆前の一一七一番一の土地を標準地とし、取引事例比較法によって右標準地の昭和六〇年二月六日現在の一平方メートル当たりの価格を一万四三〇〇円と評価し、一一七一番二の土地及び同番三の土地も標準地と同じ評価をしたこと、被告から右時点における本件土地の価格の鑑定を依頼された三社のうち二社の鑑定結果は一平方メートル当たり一万四三〇〇円で、残りの一社の鑑定結果は一平方メートル一万四五〇〇円であったことが認められるのであって、右認定の事実によれば、本件土地の昭和六〇年二月六日現在の価格は一平方メートル当たり一万四三〇〇円であったというべきである。したがって、この点についての本件裁決の認定、判断は相当であるというべきである。

5  さらに、原告は、土地収用法六九条本文による個別主義を適用すべきではなく、同条但書の代位主義によるべきであると主張するので、この点について検討するに、個別主義を適用したことが違法であり、代位主義を適用すべきだとしても、そのことの故に原告の受けるべき補償額が増額するわけではないから、損失補償額の相当性を問う本件訴訟では原告の右主張は意味をもたないのであり、原告において本件収用土地について向後榮及び田中義一が賃借権を有することを争うのであれば、本件裁決において個別主義が適用されたことの是非を問うのではなく、端的に右賃借権がないことを前提とした補償額を請求すべきである。そして、原告の右主張は、本件収用土地については賃借権が存在しないことを前提とした損失賠償額が相当であるとの趣旨をも含むものと解されないではないから、以下において、向後榮及び田中義一が賃借権を有するか否か、賃借権価格の土地の価格に占める割合(いわゆる賃借権割合)について判断する。

〈証拠〉によれば、①向後榮は一一七一番一の土地、一一七一番四の土地、一一七一番二の土地のうち260.12平方メートル及び一一七一番五の土地のうち620.18平方メートルを、田中義一は一一七一番三の土地及び一一七一番六の土地を、賃借人であったそれぞれの父親のあとを受けて昭和二〇年代から耕作を開始し、本件裁決当時も耕作していたこと、②原告は、農地法二〇条の規定に基づき、昭和五〇年ころ千葉県知事に対して向後榮及び田中義一との間の賃貸借契約の解除の許可を申請をしたが、不許可となったこと、③向後榮及び田中義一は賃料を昭和四七年以降供託していること、④東関東自動車道の建設に伴う任意買収の事例及び国道二九六号線の工事に伴う任意買収の事例によれば、本件土地の存在する地域では農地の賃借権割合は概ね三割であり、賃借権割合の鑑定を依頼された三社の鑑定の結果もいずれも右と同様であったこと、以上の事実が認められるのであって、右認定の事実によれば、本件裁決当時、向後榮は本件収用土地のうち一一七一番四の土地1560.49平方メートル及び一一七一番五の土地のうち620.18平方メートルの合計2180.67平方メートルについて、田中義一は本件収用土地のうち一一七一番六の土地1214.18平方メートルについてそれぞれ賃借権を有していたというべきであり、また、賃借権割合は三割であると認めるのが相当である。

したがって、この点についての本件裁決の認定、判断は相当であるというべきである。

6 以上によれば、原告の主張はいずれも理由がなく、本件裁決における原告に対する本件収用土地についての損失補償額は相当であるというべきであり、原告の予備的請求はいずれも理由がない。

三よって、原告の本件訴えのうち主位的請求に係る訴えは不適法であるから、これを却下し、予備的請求はいずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官宍戸達德 裁判官北澤晶 裁判官小林昭彦)

別紙物件目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例